Profile of Planet Arts

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Isao Miyoshi(guitar) #1.jpg1960年、大分県別府市生まれ。高校在学中にギターを始め、大学入学後、ジャズに興味を持つ。
83年、自己のバンド「3吉バンド」でデビュー。その後、本田竹曠(pf)、ポールジャクソン(b)、梅津和時(as)、桜井哲夫(b) 等々さまざまなグループのギタリストとして活躍する。92年から、より自由なギター・トリオのスタイルを目指し、村上“ポンタ”秀一(ds)、坂井紅介(b) と「3吉・ポンタUNIT」を結成しライブ活動を展開、95年には同トリオにて初リーダー・アルバム「サンキチズム」を発表、ジャズギター・トリオの概念を破る傑作と、各方面より絶賛される。96年、2ndアルバム「パイナップル・アイランド」を盟友、塩谷哲(pf)、ヤヒロトモヒロ(perc) 等と録音。また、98年発表の3枚目のリーダー・アルバム「ユア・スマイル」では長年の夢であったNo.1ハーモニカ奏者、トゥーツ・シールマンスとの共演を果たす。
 ギター・トリオでの活動と並行して2000年、仙波清彦(perc)、小野塚晃(kb)、バカボン鈴木(b)、鶴谷智生(drs)からなるユニット「SURPRISE」を結成、03年アルバム「SURPRISE」を発表、06年には同ユニットのピアニスト小野塚とのアコースティック・デュオ・アルバム「First Touch」を発表する。
 国内での活発な活動のかたわら、2000年、米ワシントンD.C.ケネディーセンターで行われた「JAZZ GUITAR SUMMIT CONCERT」に日本から唯一人参加。また、01年には自身のバンドを率いてのドイツ、フランス公演、さらに、タイ、ミャンマー、ラオス、フィリピン、インドネシア、インド、ベトナム、韓国等のアジア諸国をツアーするなど海外公演も数多く、各地で好評を博している。
 99年より自身の活動に加え、ポップ・フィールドでの活動も拡げ始め、矢沢永吉(vo)、森山良子(vo)のコンサート・ツアーでは音楽的な中核を担い、大きな信頼を得ている。また、国府弘子(p)、本田雅人(sax) をはじめとする多くのアーティストのライブやコンサートに参加するなど日本のジャズ・シーンの中心的なミュージシャンの一人として大きな期待を集めている。
 UNIT ASIAでは、卓越したテクニックと豊かな音楽性を遺憾なく発揮、リーダーとして暖かく包容力のある人間性でこのユニットを牽引している。   LinkIcon三好さんの HOME PAGE


Hiroyuki Noritake(drums) #1.jpg1964年、大阪府生まれ。幼少の頃よりドラムを始め、あらゆるドラミング・スタイルの習得に少年時代を過ごす。神戸大学在学中の85年「THE SQUARE」に加入し、プロ・デビュー。同グループ在籍の間、全米ツアーや海外レコーディングなど数々の経験を重ねながら、さまざまなアーティストのライブやレコーディングにも参加。日本人グループとして初の米国「PLAYBOY JAZZ FESTIVAL」への出演、また10回に及ぶ日本ゴールド・ディスク大賞(JAZZ部門) 受賞など、その活動は国内外に広く評価された。
 99年ソロ・アルバム「DREAMS CAN GO」を発表し、メロディ・メーカーとしての才能も遺憾なく発揮。2000年「THE SQUARE」を退団。その後は稲垣潤一、大橋純子、Misia、Kiroro、AKIKO、「paris match」など、J-Popアーティストのレコーディングやライブをサポートし、ジャズ・フュージョンの枠に留まらない幅広い活動を展開する。
 02年にはフランス・パリにて佐渡裕指揮「コンセール・ラムルー管弦楽団 ガラ・コンサート」にゲストとして出演し、その演奏は高く評価された。その後も「関西フィルハーモニー管弦楽団」「京都市交響楽団」「シエナ・ウインド・オーケストラ」と共演する等、類い希な演奏テクニックとジャンルを越えて柔軟に変化する色彩豊かなドラミングは各方面から絶大な信頼を寄せられている。
 04年、神保彰とのツイン・ドラムユニット「Synchronized DNA」を結成。世界でも例をみないドラムのみのユニットとして今後の展開に注目が集まる。
 このUNIT ASIAでは柔軟で確かな演奏力を遺憾なく発揮し、グルーブ感にあふれたドラミングでこのユニットを一層躍動させている。
LinkIcon則竹さんの HOME PAGE


Koh Mr. Saxman(sax) #1.jpg1973年生まれ。チュラロンコン大学教育学部出身。幼い頃より“クルイ”(タイの伝統的な木管楽器)を父の下で学び、スクール・バンドではさまざまな楽器に触れ、高校時代にサックスに深く魅せられる。その音楽的な才能は早くから芽生え始め、15歳でプロのミュージシャンとして活動を開始。チュラロンコン大学在学中に「Boy Thai」の創立メンバーとして参加、このバンドはタイの民族音楽と現代の音楽を融合させた新しいタイプの音楽として有名となり、国内外へとその活躍の場を広げていく。以来、数々の第一線のアーティストたちと活動を共にし、レコーディング・ミュージシャンとしても数多くのアルバムに参加している。2002年、初のソロ・アルバム「Mr. Saxman」を発表。ジャズ、ポップ、フュージョン、スカ、ラテン、タイの民謡などの音楽スタイルを取り入れたこのアルバムは彼の多才さと、またシンガーとしての隠れた才能を引き出し、さらに収録曲の1曲「Pavana」(My Prayer) は数々のミュージック・チャートの1位を獲得。このアルバムの成功によりその人気は不動のものとなり、日本、中国、欧州、東南アジア各国など海外での活動も活発に行う。また、演奏活動のかたわら後進の指導にも力を注ぎ、Mahidol大学、Kasatesart大学他で教鞭をとり、自ら設立した「Sax Society」ではサックスとジャズの交流なども盛んに行われている。名実共にタイ音楽界のスーパー・アーティストである。
 確かで力感あふれる演奏力とエモーショナルな表現力で、三好功郎と共にこのユニットの強力なフロント・ラインをリードしている。
LinkIconMr. Saxman の HOME PAGE●日本語のサイト・オープン!


HG1K0108.JPG1978年、マレーシア・マラッカ生まれ。10代でジャズに興味を持ち、ジャズ・ピアニストとして活動を始め、米国・ウエスト・バージニア大学(WVU)でピアノとジャズ教育学を修める。在学中、同校で行われたコンテストで数々の賞を受賞し、学内のWVUジャズ・ビッグバンドをはじめ、さまざまなグループに参加する一方、WVUウインド・オーケストラと共にG.ガーシュインのピアノ協奏曲を演奏するなど、ジャズとクラシックのピアニストとして多彩な活動を展開、また数々のグループの作編曲も手がけ、その才能を遺憾なく発揮する。
マレーシアへ帰国後は「Greg Lyons Group」「The Boplicity」など数多くのジャズ・グループに参加しクアラルンプールのジャズ・シーンで活躍する。また、自身のバンドを率いて国内外でのライブ活動やツアー、シンガポールの「モザイク・フェスティバル」をはじめ「ペナン・ジャズ・フェスティバル」他、数々の音楽フェスティバルに出演するなど、意欲的に活動する一方、USCIとクアラルンプールのTalent Makersで教鞭をとるなど後進の指導にもあたっている。マレーシア・ジャズ界が大いに期待する新進気鋭のジャズ・ピアニストである。
 繊細かつダイナミックな演奏と作曲家としての力量を発揮し、このユニットの音楽を色彩感あふれるものとしている。


Shigeki Ippon(bass) #1.jpg1971年、山梨県生まれ。東京芸術大学音楽学部在学中に永島義男氏に師事、研鑽を積む。
2000年、同学卒業と同時にプロとして活動を始める。これまで、仙波清彦(perc)、三好功郎(gt)、ゴンチチ、溝口肇(vc)、葉加瀬太郎(vn)、平原綾香(vo) など多彩なアーティストのライブやコンサートに参加、またCMやTV、J-POPのアーティストなど数多のレコーディングに参加する一方、「ライオン・キング」(劇団四季)、「オケピ」(三谷幸喜脚本) 他の舞台にミュージシャンとして出演するなど多岐にわたり活躍中。コントラバスとエレクトリック・ベースを自在に操り、クラシックからジャズ、ポップスまで幅広い音楽性と卓越した演奏力で躍進めざましい次代を担うベーシストの一人である。
 このユニットのリズムの要として、則竹裕之と共に確かでグループ感にあふれたリズム・コンビネーションを創り出している。



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